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 能登の戦国時代を終幕に導いた古戦場

県指定史跡 宝達志水町 末森城跡 (すえもりじょうあと)

 宝達志水町にある戦国時代の山城です。南北にのびる海岸砂丘に東から末森山が張り出して平野が狭まる、能登南部の交通の要所に築かれています。
 城は標高138mの末森山の山頂を中心に築かれ、「ホンマル」、「ニノマル」、「サンノマル」、「ワカミヤマル」などと呼ばれる平坦地が尾根の上に連続して造り出され、空堀が設けられています。昭和60年から63年に小規模な発掘調査が行われ、越前焼や碁石(ごいし)など、城内での生活を示す遺物とともに、合戦を物語る鉄砲玉も出土しました。
末森城跡全景
末森城跡全景
 城の歴史では、天正(てんしょう)12(1584)年の「末森合戦」が有名です。金沢城主前田利家の家臣、奥村永福(おくむらながとみ)が守る末森城を富山城主佐々成政(さっさなりまさ)が率いる軍勢が急襲しますが、金沢から利家の援軍が駆け付け、成政軍を撃退した戦いです。当時、豊臣秀吉と徳川家康が対立しており、利家は秀吉、成政は家康の陣営に属していました。
 末森城跡は県内を代表する戦国時代の山城として、平成3年に県指定史跡になりました。
戦国時代の末森城(想像図)
戦国時代の末森城(想像図)
所在地 羽咋郡宝達志水町南吉田、竹生野ほか <位置図はこちら>
交通 JR七尾線宝達駅から車で5分
駐車場から山頂まで徒歩20分
お問合せ 宝達志水町教育委員会生涯学習課 0767-29-8320
『いしかわの遺跡37』より

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