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弥生時代の高地性集落県指定史跡 かほく市 大海西山遺跡 (おおみにしやまいせき) 中国の歴史書「魏志倭人伝」は、今からおよそ1,800年前(弥生時代後期)に、我国の各地で戦乱があったことを伝えています。この頃、王に立ったのが卑弥呼です。各地の豪族が争いや連合を繰り返しながら、統一国家の形成に向けて大きく歩みだしました。戦乱の緊張した空気が張りつめた時代に、人々は生活の不便な高い山の上に村を作り、まわりには深い堀をめぐらせました。これが高地性集落と呼ばれる遺跡で、大海西山遺跡はその代表的なものです。
![]() 復元された竪穴住居 現在は自然に囲まれた遺跡公園として整備され、子供や家族連れの憩いの場となっています。眼下に加賀と能登の境をなす大海川と水田地帯を見下ろし、日本海を遠望する絶景の地です。当時の戦乱に想いを巡らし、歴史ロマンにひたる「大海西山弥生の里」、一度訪ねてみませんか。
※休館日などの情報は事前に各施設にご確認下さい。
『いしかわの遺跡2』より
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