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れきし体験Q&A

古代の機織りQ&A

Q:機織りはいつ頃どこで発明された?

A:
中国のかぼと遺跡から、約7,000年前(新石器時代)の機織り道具と養蚕に関する遺物が出土しています。またエジプトからも約6,500年前頃の麻織物が出土しています。中国のものは絹織物、エジプトのものは麻織物に関する現在のところ確認されている最古の例となります。


Q:日本で機織りが始まったのは、いつ頃?

A:
縄文時代晩期の福岡市雀居遺跡から出土した機織り具が現在最も古い時期のものとされています。出土したのは緯打具兼中筒、もしくは布巻具と見られる木製品です。しかし縄文時代晩期に機織りが始まっていたのは北部九州などのごく一部の地域とみられ、全国的に機織り具がみられるのは弥生時代に入ってからと考えられています。


Q:縄文のアンギンと弥生の布の違いは?

A:
アンギンはたて糸2本をねじり合わせながらよこ糸1本を挟み込んでいく、もじり編みという方法で編まれた編物です。布はそうこう(綜絖)という道具を使いたて糸を一度に1本おきに上下させ、上糸と下糸の間によこ糸を通して織られた織物です。


Q:昔の布の素材は何?

A:
カラムシやアカソ、タイマなどからとれる植物性繊維の糸から作られた布が作られていました。江戸時代にはいり木綿の布が広まるまで、麻製の糸で作られた布が主流でした。動物性繊維としては蚕のマユからとれる生糸が弥生時代には使われていたことが確認されています。しかし一般に人々が使う素材ではなく、ごく限られた人たちが使っていました。また羊毛などから作られる毛織物も奈良時代には輸入されていましたが、一般的ではなかったようです。


Q:機織りは誰の仕事?

A:
主に女性の仕事だと思われます。今から1200年以上前に書かれた「古事記」や「日本書紀」、「万葉集」など、また民話や昔話などでも女性が機織りをする記述がみられます。世界各国の民族の事例を見てもほとんどが女性の仕事とされています。


Q:縄文人の服装はどんなもの?

A:
当時着られていた衣服そのものは遺跡から出土はしていませんが、土偶の表現からおおよその推定ができます。布は植物からとれた繊維の糸で編まれた編布を使っていたと思われます。また旧石器時代から引き続き動物の毛皮も使われていたと思われます。


Q:弥生人の服装はどんなもの?

A:
当時の人々の服装は、中国で書かれた古い書物のなかの「魏志」倭人伝にその記述が見られます。横幅衣、貫頭衣と呼ばれています。また時代は下りますが、古墳に使われた人物埴輪の服装の表現も参考になるでしょう。


Q:貫頭衣とはどんな服装?

A:
長い布の長辺を縦方向に2枚並べておき、縫い合わせただけの衣服と思われます。頭を入れる部分を残して縫い合わせたか、または背中の部分のみを縫い合わせ、前身は現代の着物のように合わせて腰でひもを結んでいたと考えられます。幅広の1枚の布を横半分に折り、折り目の部分に頭を通すための穴を開け、腰で紐を結んだとも考えられますが、遺跡から出土した織機の部材をみると、そのような幅の広い布を織ることはできないと思われます。


Q:貫頭衣を作ってみたいけれど、どうすればいい?

A:
袖無しの貫頭衣であれば、作りたい衣服の半分の幅と、長さにあわせて布を2枚準備します。頸の部分を残して縫い合わせると出来上がりです。または着物のように、後ろ身ごろの部分のみを縫い合わせ、前身ごろの部分は着物のように合わせて、腰ひもで結んでも良いでしょう。布を織るのが大変な場合は、ホームセンターや手芸用品店で麻布を買ってきて、作ることができます。


Q:カラムシから麻糸を作るにはどうすればいい?

A:
まず夏にカラムシを収穫し、茎の部分の皮を剥がします。さらにその皮を不必要な表皮などの部分に分け、必要な靭皮を残します。靭皮を細く裂き、それを長くつなぎ合わせ、撚りをかけます。カラムシは水に浸したり、口で湿り気を与えながら撚りをかけていきます。



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